ニュヨークで頑張っている日本人建築家

ニュヨークで頑張っている日本人建築家
ニュウヨークで設計を!
10.05.2007Nobutaka Ashihara,Building Sky Scrapers in Manhattan「芦原信孝  マンハッタンでスカイスクレーパーの夢を実現」    JIA本部アメリカ ニュヨークで建築設計事務所をしている、芦原信孝氏の展示会と講演会に行って来ました。1940年生まれ  1978年よりニュヨークで建築設計事務所を営んでいます。今 所員は 9名で、ほとんど日本人で構成されているとのこと。 カジマアソシエーツから、ハーバード大学院卒業 エーロサーリネン事務所を引きついだ ケヴィン ローチの基で建築設計の勉強をした。 ケヴィンには、大いに啓発され、建築の考え方、捕らえ方を学んでいる。事務所では、製図版を与えられないで、模型ばかりを作っていたとのこと、やはり エーロの影響が大きく支配していたのではと聞くと、そうだと芦原さんは、返事をくれました。デザイナーとしては、図面を書くことでなく、どお 表現をするかが問題と見えます。また ジョン ディンケルーは、偉大な建築製図者かと思ったら、彼の才能は、優れた営業マンであったとのこと。 ケヴィンがデザインしたものを、ディンケルーが、図面に起こしたと聞いていたが、実際の話は、設計事務所の営業に優れていたとは、驚きました。ケヴィンの話し声は、小声でまったく営業には向いていなかったとか。彼は、いま健在で設計事務所をしているが、ディンケルー亡き後、精彩を欠き、元気がなくなっていることなどを聞きました。でも あの オークランド美術館 ナイツ オブ コロンバス  フォード財団ビル等 優れた建築設計者として名をとどめているのは、記憶したい。かっては土曜日など、事務所が休みでも、出てきて模型を切ったり、貼ったりして建築を仕上げていくさまを、芦原さんは見ていた。なんとなく天才を通り越して、人間くささを感じます。エーロもそうであったように。芦原さんは、今 超高層ビル設計を3っも抱えています。一番高いビルは、220mのもので[ 5th And Broadway ] として、2010年完成を目指しています。アトリエ事務所でも、超高層ビルの設計が出来る、アメリカの凄さについて語ってくれました。その他 アメリカの建築確認申請の面白い話も聞きました。では その話次回に!No1写真 右 芦原信孝  右 岡田新一 no2 鹿島建設 鹿島昭一夫妻と芦原信孝 ちなみに芦原信孝氏は、芦原太郎のおじさんにあたります

前田 勝之

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